尊厳死宣言を知ってますか
回復の見込みのない末期状態の患者が、生命維持治療を差し控え、または中止し、人間としての尊厳を保ちつつ、安らかに死を迎える…尊厳死という考え方が、少しずつ浸透してきているように感じます。
3年前に亡くなった私の父は、頭部の悪性腫瘍の影響で認知症になり、亡くなる直前、食べ物がのどを通らなくなりました。「胃ろうにしますか?」。病院から判断を迫られた母と私は、どうすべきか悩みました。私は、父ならきっと「余計なことはするな」と言っただろうと考え、胃ろうはすべきではないと、母に伝えました。
それを受けて、母がどう考えたのかは詳しく聞いたことはありませんが、結果的には、胃ろうを回避。栄養補給は点滴だけになりました。当然、父はどんどんやせ細り、まもなく息を引き取りました。
亡くなった後、身内が集まっている席で、母が「胃ろうの決断は本当に苦しかった」と漏らしました。きっと母は、自分の決断で、父の死期を早めてしまったと、自分を責めたのでしょう。生命にかかわる極めて重要な判断を、本人ではなく、家族がしなければならない、こんな苦しみを経験したことのあるご家庭は、少なくないはずです。
しかも、その家族の判断が、必ずしも、本人の判断と一致しているかも、分からない。答えが出ない。「この決断で良かったのか」と、本人が亡くなった後も、遺族を苦しめることになります。
「単に死期を延ばすだけの過剰な延命治療は止めてほしい」「苦痛を取り除く緩和に重点を置いた医療を尽くしてほしい」といった要望を、元気なうちに書き残して、家族に伝えられるとしたら、いかがですか?
自らの意思で尊厳死に関する考えを書面に残しておくのが「尊厳死宣言」です。これを公正証書で作ることにより、より強い意思を示すことができます。公証役場に行って、公証人に対して、尊厳死を希望する旨を伝え、公証人はそれを聞き取って、文書にします。公証人という客観的な立場の、しかも法律の専門家を介して作られるため、家族や医療現場の人たちに対する説得力が極めて高くなります。
出来上がった原本は、公証役場で保管してくれます。ただ、そこに保管しているという事実は、前もって家族や信頼できる第三者に伝えておく必要があります。
そして、実際にこの尊厳死宣言を、死期に際して、医療現場(医師)に示したとき、医師がこの通りに対応してくれるかどうかについても一抹の不安があります。これについても、日本尊厳死協会が実施したアンケートによると、同協会が独自に作成している尊厳死宣言(リビング・ウイル)の内容を、医療者がきちんと受け止めてくれたかについて、9割以上の遺族が(尊厳死宣言の)効果があったと回答しています。
尊厳死については、医師の中でもいろんな意見があるでしょうが、実際の現場では、本人の意思を確認できるものが示されれば、医師もその意向に沿って対応してくれるようです。
自身の“旅立ち”について、自分の意思を反映し、そして、家族を苦しめることのないように、「尊厳死宣言」を活用してはいかがでしょうか?