アパートオーナーに“効く”
賃貸アパートのオーナーさん、ご自身の“もしも”に備えて、どんな対策を取っていますか? “もしも”とは、つまり、認知症、病気、死亡、です。ここでは、その中でも、生前、認知症や病気によって、自身の意思判断能力が低下した場合、どんな対策が“よく効く”のかについて、見ていきます。
何も対策せずに、自身の意思判断能力が低下してしまうと、例えば、入居者との賃貸借契約、大規模な修繕や設備の更新、建て替え工事などが、自分一人の力では一切できなくなります。こうなると、せっかくの賃貸物件の資産価値が大きく下がることになります。現実的には、あまり大きな声では言えませんが、オーナーの息子さんなどが契約書のサインを“代筆”するというグレーゾーンの行為で、その場をしのぐケースもあるようです。
認知症になった場合の対応の一つは、成年後見制度の利用です。裁判所に申し立てて、認知症になったオーナーに成年後見人を付けてもらい、財産管理を代わりに担ってもらいます。 成年後見人には、多くの場合、弁護士や司法書士などの専門職が選任されます。財産管理が裁判所の管理下に入りますので、財産を守るという意味では安心です。しかし、弁護士などの見ず知らずの第三者が、通帳や権利証、実印などの財産管理に必要なモノをすべて持っていきます。
成年後見人は、その人の財産を守ることが仕事です。よって、そのアパートの資産価値を上げるような投資的行為、例えば、大規模な修繕や、設備を最新式に取り換えるなどは、オーナーの家族が希望してもなかなかOKが出ません。
さらに、成年後見人に対する報酬を月々数万円支払う必要があるほか、相性が合わなかったりしても、成年後見人を原則変更できませんし、成年後見自体を止めたくても、止めることはできません。
任意後見という制度もあります。これは、裁判所に申し立てるのではなく、まだお元気なうち、「この人に自分のお世話をしてほしい」と思う人に、後見人になってもらう契約を交わし、いざ認知症になったときにその選んだ後見人に身の回りの世話をしてもらうという仕組みです。
これは、見ず知らずの第三者ではなく、自分の意思で、財産管理をしてくれる人を選べるわけですが、認知症を発症して、任意後見をスタートするときに、裁判所に「これから任意後見を始めます」と申告します。すると、裁判所は、弁護士などの専門家を「監督人」に選びます。結局は、裁判所や専門家が関わります。ということは、報酬も発生するし、その監督人の意向によっては、大規模な修繕などができないケースも予想されます。
しかし、家族信託であれば、このような後見制度における不都合をクリアし、より柔軟に財産を管理することができます。
アパートオーナーのケースでは、オーナー(財産を託す人)がお元気なうちに、ご家族の方(例えば長男=財産を預かる人)と、両者で信託契約を結びます。このとき、長男に権限が移るのは「アパートを管理する権限」のみ。そこから発生する賃料を受け取る権利(受益権)は、オーナーに残されたままです。
ですから、長男が、入居者との契約や設備の更新、修繕などアパートの管理一切をやっていきますが、賃料はすべてオーナーのもの。オーナーの生活費や入院費用、施設への入居費用など、オーナーの生活のためにその賃料は使われます。
さらに、契約の中で、長男が持つ権限について、「大規模修繕や建て替えをしてもいい」と明記しておけば、長男は自分の判断で、入居率を上げるための投資的な行為ができることになります。
このように、家族信託を使うと、オーナーが健在のうちに、管理権限を長男に移せるので、管理のノウハウを徐々に引き継ぐことができるという点も、大きなメリットに挙げられます。
また、賃料を受け取る権利(受益権)を自由に設定することもできます。例えば、最初はオーナーが受益権を持ち、オーナーが亡くなったら妻、妻が亡くなったら長男などと、受益権を移す順番を指定できるのです。つまり、二次、三次の相続における承継者を、今のうちに指定できるということになります。今まで遺言でできなかったことが家族信託によって可能になるのです。